読書記録

読書の備忘録

2019年3月までの出来事ふりかえり

 

元々、読んだ本の感想などを書きとめておくはずだったのに、

いつのまにか自分のブログ?というか振り返りとかをする場になってしまった。

 

つい先週月曜火曜水曜あたりに、

ここ数年で一番落ち込む出来事があった。

しかも原因が外的要因ではなくて、

自分のポンコツなミスによって引き起こされたものだった。

今はあまり詳細に此処に書き残す気分ではないので書かないけれども。

 

でも、言い訳させてもらうと

「よもやまさか」という感じだったのだ。

まさかこんなミスでこんなことになるとは、と。

 

私はもともとおっちょこちょいで有名な方だけれど、

まさかこんな面でも影響が出てしまうなんて、と。

 

本当に久々に落ち込んだ。

けれど、色々なことをしてようやく日常生活を送れるほどにまで回復した。

 

しかし一方で、

そのミスによって様々な反省の機会と新しい機会を与えられたというのも

実は事実なのだ。

 

反省の機会というのは、

最近の自分の生活についてだ。

素行とか、そういったもの。

最近、流れに任せてぶらぶらと物事をやり過ごしていたので

1つ1つを丁寧に処理していかなきゃ、と思い起させてくれた。

 

また、

実はミスをしなかったら参加出来なかったであろう

私の修論に関係するイスラーム教のイベントへの参加を誘われた。

 

この手のイベントはいつも私はどうしても外部者になってしまうので

ドキドキしながら参加しているのだが、

実際に参加してみて

お礼を言いたかった相手に3人ほど出会うことが出来、

直接お礼をし

また

ひょんなことから2人ほど私の修士論文を読みたい!という人たちと出会い、

今日渡すことが出来た。

 

なんとも。

私があのような失態をしなければ、

このイベントには参加も出来なかったし

なんならこの人達と出会うことも出来なかっただろう。

 

実は私は意外に信仰?信心深い。

母親がとてもスピリチュアルであることも相当影響していると思うが、

中高通ったカトリックスクールでは

さりげなく自主的に新約聖書旧約聖書を読破した(全然課題とかではなく)。

一時はカトリックに改宗しようかとも思っていたのだが、

その時ここで1つの宗教に改宗するのではなく

もう少し色んな宗教をみてからにしようと思いとどまった。

(というか、それがあったからこそ私はイスラーム教に関係する研究が出来ているのかもしれない)

 

で、何が言いたいのかというと、

結局自分に起こる出来事というのは何らかの意味があるということなんだと再解釈したのである。

そう考えると、自分の心の中にわだかまっていたものがするっと解消されたのだ。

気持ちもかなり楽になった。

そうか、これには意味があって起きたんだ、必要なことだったんだなあ。

と考えると、本当に気持ちが楽になった。

 

昨日参加したセミナーでは、

よくある日本人の誤解として、「弱い人が宗教に頼ると思い込んでいる」ということが挙げられていた。

 

確かになーと思った。

けれど、よくよく考えれば弱くない人なんているのだろうかとも思った。

人間、皆どんな形であれ弱い人だと思う。

 

弱く見えなければ、それは単に強がっている人なんだと思う。

というかむしろ、弱いのが人間なのであれば

なにかに頼るという行為は全然悪いことではないと思う。

むしろ生存戦略として正しいのでは?と思う。

そんなことを考えた。

 

私が書いた修論が、少しでも読んでみたいと思う人に届けば良いと思った。

そんな機会が与えられたことに感謝するべきだろう。

 

また、程度の差こそあれ、

振り返ってみれば2月1月、去年と辛いことはやっぱり幾つかあった。

その時は辛い思いをしていたが、

今になってみれば「ああ、そんなこともあったなあ」と思う程度になってしまった。

時間薬、というやつだろうか。

勿論、今回のことを通して学んだことは

ずっと忘れないようにしなきゃいけないが。

 

話は変わるけれど、

修士論文を執筆した私は色んな新しいことを始めた。

 

ランニングをして、皇居5kmランに参加して

プール教室に通って、25km泳げるようになって

テストライティングで初めてきちんとしたブログ記事を執筆して

付き合っている相手にプロポーズをして、とか。

 

色んな新しいことが起きては経験をして。

 

そして、会社の関係で

地方勤務となることが決まって。

 

随分と新しいことを経験したり、決定されたりした。

幸運なことに充実をしていると思う。

色々不安なことも沢山あるけれど、

新しいことを始めることにこれからもためらわずにやっていきたいと思う。