読書記録

読書の備忘録

ロシアでの語学学校

 

・時期

・リデンアンドデンツとの比較

・在籍している生徒の国籍

・日本人の数

 

 

私はロシアではデルジャービン・インスティテュートという

専門の語学学校に8月の頭の2週間通った。

 

そして、結論から言うと8月という時期に現地の語学学校に通うのはかなりベストだと思った。

その理由の1つは、まずかなり欧米系の学生が一気に同時期に通い始めるからだ。

8月、ヨーロッパの大学に通う学生は丁度夏休みに入っている関係で

驚くほどに皆このデルジャービン・インスティテュートに集まってくる。

 

私が出会っただけでも、欧米系に限らず

イタリア人・ドイツ人(この2カ国が圧倒的に多い)、フランス人、ペルー人、アメリカ人、スコットランド人、ブラジル人、スイス人…など。

 

アジア系は、私ともう2人の計3人の日本人と1人の韓国人だけだった。

これほどまでに欧米系メインで多種多様な国籍に囲まれたのは、

ほぼ初めての経験と言っても良い。(ニュージーランドは、欧米系も確かにいるが地理的な関係上アジア人がとても多い)

 

誤解を与えないように言いたいのだけれど、

私はニュージーランドに居た時に中国人や韓国人(特に特に中国人)といったアジア系の子達との交流が自然と多かったために

一度は欧米系の学生が多いところで勉強してみたいなと思っていた。

その旨をエージェントに言ったときにオススメされたのがこの語学学校だった。

 

そして、基本的に先ほども言ったように

8月は夏季休暇をロシア人がとる為に、

またロシア人学生やその他のロシアに滞在している留学生も8月は夏休みで自分の国に帰国してしまう為に

日本人のロシア留学というのも基本的には9月からが想定されている。

 

なので、日本人の数もめちゃくちゃ少ない!

(これを良いととるか、悪いととるかは諸君の留学目的とか考え次第である)

 

勿論私的にはこれが滅茶苦茶良かった。

 

日本人がいたら日本人とつるむのは殆ど自然の流れといって良い。

別にそれが悪いとは全く思わないし、自分の母語である時には相談したり情報共有したりネットワークを広げたりするには日本人との交流がベストだとは思うが

 

日本人が多いとそれはそれでつるんだりするのがちょっと面倒である。

 

私の場合、

日本人がほぼ皆無という状況で日本人とそこまでつるむ必要が無かったので、

フランス人やイタリア人の子と仲良くなって一緒に観光したりもした。

また、その仲良くなった子たちのネットワークを利用して、

ほぼ毎日色んな国籍の子たちを混ぜながら学校の近くでお昼ご飯を食べたりしていた。

 

正直こういう経験ってなかなか出来ないと思う。

 

 なので、

敢えて日本人が居ない時期に行くことをお勧めする。

 

…うん、ある程度英語かロシア語が出来ないと厳しいけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシアでのホームステイ

ロシアを出国する前日の夜から考えていたことがあり、

エストニアにも入国し無事に宿にも着いたので実行に移そうと思う。

 

それは、ロシアの短期語学研修のまとめです。(ばばーん)

私がロシアに行くまでに見た限り、ロシアの短期語学研修とかについて書かれたブログなどが殆ど無かったのが印象に残っていたので

折角だからその経験をブログにまとめておこうと思って、書こうと思います(ロシア語の短期語学研修って需要あるんかな…?)

 

ま、とりあえず第一弾は『ロシアでのホームステイ』について。

今日はそれについて書こうと思います。

 

・結構ビジネスライクな感じが強かった気がする

・もしかしたら、おじいちゃんおばあちゃんみたいな老夫婦家庭がおすすめ?

・ロシア語能力があまり高くなければ、事前に英語も話せる人の家庭を申し込もう

・時期は結構重要

 

です。

 

・結構ビジネスライクな感じが強かった気がする

 

 私はこれまで、ロシアを含めて3回ホームステイを経験したわけですが、(1回目はカナダ、2回目はニュージーランド)今回のホームステイが最もビジネスライクだった気がします。

 

 私がカナダにホームステイしたのは高校生の時。

 その当時、ホームステイとは「滞在する先のファミリーとご飯を交えて色んな話をしたり、週末は一緒にどこか出かけてくれる」というのが理想的なものとされ、その様な理想を叶える為にはステイする此方も「最低限のルールを守って、出来るだけ部屋に引きこもらない様に」という言葉を守る様に、と高校の先生とやらから強く言われてきました。

 実際、今考えてみると私がステイしたのはイタリア系移民の老夫婦家庭だったわけですが、すごく満足を感じていたわけではなかったけれど(これは当時私が全く英語が話せず、かなりシャイだったために老夫婦負債とどうコミュニケーションをとって良いのか分からなかったという部分が大いにある)娘夫婦の家に連れていってもらったり、別のホストの家のプールで遊ばせてもらったり、庭でバーベキューをしたりと、

多分3回のホームステイの中でもステイする私に最も厚いケアをしてくれたのではないかと今振り返ってみると感じました。

 次は、ニュージーランドでのホームステイだけれど、こちらも結構なビジネス色が強く私に自立・独立を結構強く求めた人だったけれど、ご飯を食べながら色々な話をしてくれたし、一回一緒にオークランドから離れた海に連れていってくれたし、今でもなんやかんやFacebookで連絡をとりあっている位には割と良い関係を維持出来たと思っている。

 

 しかしまあ今回のロシアのホームステイ。

 ご飯はきっちり、朝晩と作ってくれはするけれど基本的にコミュニケーション0。

 私が拙いロシア語で話すと、たまに「わかったわかった」と言わんばかりにすげない返事をしたり。

 ドライヤーを貸してくれないか、と言ったら「これ私のドライヤーなんだけど」つって大きな溜息をつかれる。

 難しいロシア語は分からないのは分かるはずなのに、私に伝わらない時結構な剣幕でロシア語で言い立ててくることがある。

 洗濯機の使い方が分からないで、「ん?ん?」としていたら、結構強い剣幕で「これはこうだ!」と言ってくる。

 

 …とまあこんな感じでしたね。そして多分今後も連絡をとることはないです。

 

 しかしこんなことが続いて、「ホームステイってこんなもんだっけ???」と思い、パソコンでポチポチと調べるとよく言われる「ホームステイの大当たり・当たり・外れ」の内容も結構色々あることに気づきました。

 

 幾つかのブログを回った結果、大体「ホームステイの外れ」とされるのは

・毎食ご飯がレンチンでなおかつしょぼい、とか

・ベビーシッター代わりにされる、とか

・シャワーの時間を制限されたり、帰宅時間を指定されたり、とか

・ホスト先のお母さんが男を連れ込みその男が卑猥なことを言ってくる、とか

 

…いや、これ、完全に大外れやん…やばくね…?こんなステイ先存在するの?

 

逆に、ホームステイの当たりは上記のことが起きてない家庭であり、ホームステイの大当たり(しかしすごいレア)は、上の方でも書いたファミリーととても仲良くなり週末一緒に出掛けたりする、というもの。

 

そんなブログを沢山読んだ結果、自分のロシアでのステイ先への捉え方が変わりました。

 

まあ、確かに初日の方はちょっとコミュニケーションとってくれたし、コミュニケーションほぼ皆無つっても、作ってくれるご飯はどれも美味しかったし傍から見ていると結構手間がかかりそうなものばかりを作ってくれた気がする。

 

ロシア語が拙いのは、私の勉強不足のせいでもあるし、

なおかつホストマザーは英語が話せるのでそこで必要なコミュニケーションをとれたのは良かったと思うし。

 

シャワーもいつでも入って良かったし、帰宅時間が何時になったとしても文句を言われなかったのもとても楽で良かった様な気がする。

 

いつでも不機嫌だったかと言われると、そういう訳でもなく

期限が良いときはにこりと笑っていた。

 

少なくとも、ベッドや部屋を1つちゃんと用意してくれていた(まあすごくほこりっぽかったけどな、部屋)

 

そう考えると、私のホストマザーは契約上の最低限義務とされていたことはきちんと推敲してくれていたのだ。

勿論、私に対する無関心は時に私にショックを与える時もあったけれど、

その無関心が私にある程度の自由を与えてくれたというのも事実なのだ。

…でもまあ、向こうの期限や態度が悪い時が頻繁過ぎてステイする私とのコミュニケーションがうまく成立しなかったっていう点は決定的な致命傷だけどね…。

 

ま、ということで以上の私の個人的経験から言いたいことは、

「ホームステイ自体、あんまり期待し過ぎるなよ」

ってことです。

 

そもそも、ホストファミリーを自分に置き換えてみると

自分の貴重な時間である週末を、よくわからん外国人の若い学生に使うっつーのが

本当に貴重な行為で全ての人間が出来るわけじゃないと思う。

 

じゃあ出来ないならそもそもステイを受け入れるなよって話だけれど、

まあやっぱりホームステイを受け入れるだけでもお金をある程度収入として見込めるという点はホスト側には非常に重要なのではないですかね。

 

ま、私は次のロシア滞在は多分ホームステイではなくて

アパートとか寮とかを多分選ぶし、

今回のホームステイ先も2週間という短期間でなければステイ先を変える申請を出していたと思うけれど。

 

ちなみに、今回の滞在の2週間の内

最初の1週間は18歳のドイツ人男性、次の1週間は別の28歳のドイツ人男性がルームメイトになったのだけれど

前者のドイツ人はまじで必要最低限の時以外は部屋から出てきませんでした。

私よりも2週間先にこのステイ先に住んでいたからこそ

色々感じることもあり、期待もしていなかったのかも。そして彼の性格もあるのかもな。

後者のドイツ人はかなり気さくな感じで、

晩ご飯を3回くらい一緒にとって英語で色々話していた。

彼はまだ滞在して少しなので、

今後どんな感じの滞在になっていくのか知りたくもあった。

 

 

 

じゃあ他のロシア人家庭もそんなもんかつったら、

私の知り合いの子もサンクトで若共働き夫婦のところにステイして

かなりのビジネスライクの上に自分の悪口を影で言われていたっていうのもあったし、

 

同じ語学学校に通っていた友達のホームステイ先は、

1人のおばあちゃんのところでご飯はきちんと作ってくれるが、おばあちゃん自体は自分の部屋で食べるからいつも私は1人で食べていると寂し気に語ったり、

 

もう1人のクラスメートのステイ先は、

かなり自由気ままに家を使わせてもらっているし、宿題も手伝ってもらえるけれど

話すロシア語が変だったりすると結構キツイ感じで「ナニソレ?」って言われたりするんだよねえ、と言っていて。

 

こんな話を聞いていると、

そもそも自分とは異なる全くの赤の他人と同じ屋根の下で暮らすという行為自体

何らかの摩擦や衝突が起こりうるものだし、それが当たり前っちゃあ当たり前なのだということに気づかされる。

 

勿論、私のクラスメートのスコットランド人がステイしていた先は彼曰く「とてもナイス!」と元気よく言ってたので、やはりこれもステイ先次第だろう。大きな博打感がすごいするけどね。

 

ちなみに、私のステイ先について私の留学に関する現地の日本人エージェンシーの方に相談したら「うーん、若い人だからかなあ(私のホストマザーは28歳)、なんだか時代が変わったっていう感じがする」とのお答え。

 

もしかしたら、今の若者達はビジネス感覚でホームステイをしているけれど

お年寄り家庭だったらもうちょっとおもてなし感があるのかもしれない。

 

ちなみに私はこの家庭にステイして何度も心中で「お前におもてなしという概念を教えてやりてえよ」と毒を吐いていた。

 

また、これは割と重要なことだが

8月というシーズン自体ホームステイが出来るロシア人家庭の数が全体的に減少する。

皆、長期休暇をとってダーチャに行ったり、海外旅行をして家を留守にするからだ。

 

私のステイ先も、

本当は50代くらいの夫婦がホスト代表だったがトルコに旅行していた関係で

その夫婦の娘がホストマザーになっていた。

 

その為、8月という時期はちょっと注意が必要だ。

もしとんでもないホームステイ先になって速攻変更したいとなっていても、

そもそも変更先の選択肢が限定されている可能性が多いにある。

 

ま、しかし私は個人的には8月でのステイは結構オススメである。

それは次のテーマである語学学校で述べたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシア滞在14日目

 

 

ロシア滞在最終日

何をしているかというと、家で風邪でダウンしている私…

いや、これでも割とましになったけどね。

 

火曜日にマリインスキー劇場白鳥の湖を見て、

次の日の朝から喉が痛いとずっと思っていた。

水曜日に、友達とネフスキー通りのお土産屋さんを見てマトリョーシカを見た後も

喉の痛みがずっと気になった。

それで結局、日曜からエストニアに行くし、と思って木曜日にロシアの病院に行くことになった。(結局その午前とか割と症状も悪化していたしね)

 

それで、出来ることなら金曜日を休みたかったんだけれど、

最後の授業と卒業式があることから休むわけにはいかず出席。

その後、家で休んでロシア人の友だちとエルミタージュ美術館とピーテルのラーメン屋さんに行ったんだけれどこれが良くなかった…

 

2時間にわたりくそ広いエルミタージュ美術館を歩き回って、正直途中からふらふらになっていた。

そして、

バイバーイと別れたころには喋り過ぎて喉の痛みが完全にぶり返していた…

本当だったら、今日最後の郊外への遠足があったのに…

そこで何人かともお別れの挨拶をしたかったのだけれど、

今日の遠足は結構長時間にわたるため此処で死んだらエストニアで死ぬのは自分なので諦めた。

絶対に学校の人にめっちゃか弱い人間だと思われているに違いない…

こんなに短期間で体調が2回も崩れるというのも珍しい。

まあ、元々日本で冷房の効いた家と大学を15分くらいで往復して

週に2回ヨガをやるだけの生活じゃ体力の蓄積なんか0だわな…と痛感した。

こっちにきて、ちょっとやり続けていた筋トレも中断してしまったし。うう。

 

でも、海外に行って体調が崩れるって前にあったかな。

そういえば、2月に行ったスウェーデン・パリ研修でも

1週間の内の半ばに少し体調を崩していた。

その前の長期間の滞在は1年間のニュージーランド留学では、

風邪を引いたのは1回だけだったけどなあ。

 

年っていうのもあるのかもしれないし(悲しいことに)

交際相手にこのことを言ったら「そもそもロシアの環境が身体に合わないんじゃ?」と言われた。

確かに、ロシアのサンクトペテルブルグでは先週かなり珍しい猛暑が訪れた(このタイミングで熱中症にかかった)と思ったら、その後秋か?!と思うくらいの寒さが訪れた寒暖の差が異常に激しかった。そして風邪を引いた。

そういえば、母親に昔「季節の変わり目は体調を崩しやすいよね、あんた」と言われたのを思い出す。

まあ季節の変わり目って誰でも体調を崩しやすいものだけれど、

置かれている環境に対して人間の身体ってとても影響されるんだなとすごい思った。

 

日本に帰ったら、少しお金をかけても良いから栄養バランスのとれた食事をとらないとな。

 

しかし、ロシアで日本語を勉強しているよ~!といったロシア人の3人会ったのだけれど、

その内の二人が結構な頻度で日本に旅行していることに関してはすごく驚いた。

私も結構海外経験は多い方だとは思うけれど、

1つの国に対して1回以上訪れたことはない。

1つの国の文化、いやそれだけじゃなくて1つのことに関して深く知るためには

勿論回数を重ねることも大事なんだなと思った。

 

そうそう、ロシアの語学学校だけれど、

私はサンクトペテルブルクにあるデルジャーヴィンインスティテュートというところに2週間通わせてもらった。

私はロシア語を全然勉強していなかったことからビギナークラスにいたけれど、

毎日出される宿題をやり(かなり適当にやっていたけどw)

毎日ロシア人教師のロシア語を聞いて、自分でもロシア語を話すようにすると

2週間でもかなりロシア語を理解する力がついたと思う(まあそれでも私のロシア語は大したことないのだけれど。今だに現地の人が話すロシア語は速すぎて何を言っているのか分からない)

名詞の性別によって、修飾する形容詞の形が変化するとか

最初は意味が分からないと思っていたけれど、暫くやっている内にその「感覚」みたいなものが何となくわかってきた気がする。

個人的には、この「感覚」が結構外国語を習得する上で大事だと思っている。

 

例えば、私が高校時代に受験英語の中でも関係代名詞を学んでいた時に、

「これ、実際に英語を話す時、私関係代名詞使えなさそう」と漠然と思っていた。

それは何故かというと、

要するに日本語だと、

 「それは、私の母が買った本です。」が、

英語だと

 「それは、本です 私の母が買った。(It is a book which my mother bought)」

になるわけである。

この本という名詞を修飾する「私の母が買った」という情報が日本語では先にくるけれど、英語では後に来る。この日本語では形容詞を前においていたものを、英語では後に置くという行為が、当時の私にはとても難しい様に思えたのだ。

でも、ニュージーランドでの留学を経たあと、

英語を話す時に自然とその関係代名詞を自由に使えるようになっている自分に気づいた。それは、英語を話す時に、その名詞を詳しく説明するという「感覚」をなんとなく身に付けたからだと思う。

 

そういえば、日本語を学ぶ外国人と話すと毎回良く言われるのが

「日本語は書くのが難しい!ひらがな、カタカナ、漢字、全て覚えなきゃいけないじゃない!」というセリフである。

 

まあ確かにな。

英語とかならアルファベットさえ覚えれば、ロシア語ならキリル文字を覚えれば後は表現する為の文字を覚えくても良いもんね。

でも日本人だって、漢字を学ぶのに、

小学1年から高校3年までの12年間をかけて勉強するのだと思うと

まあ随分と途方もない時間をかけて漢字を勉強してきたなあと我ながら関心する。

 

ちなみに、私は小さい頃から漢字が得意で

それは漫画をずっと読んでいたからだと思う。

漫画なら難しい漢字にもフリガナが振ってあるし、

なおかつ私は四角からの情報だと割と楽に覚えられるたちだったみたいで

いつも漢字のテストの成績は良かったと思う。

 

話を戻そう。

なんか、そやって何回も回数と時間をかけて日本を知ろうとしている人とか、

そういう人達を見ていると

私も時間をかけて1つの事を知っていくことの大切さを感じる。

私も時間をかけてロシア語を学んでいきたいな。

私は元々の性格がせっかちだし、

世の中の風潮もどれだけ短期間である能力を身に付けるか、ということに重きを置いている気がする。

けれど、

今回通った語学学校でも60歳くらいを軽く超えるブラジル人のおばあちゃんとか

いわゆる日本で勉強する年齢とされているような年をゆうに超える人が集まってロシア語を勉強していたのを見ると

いつから何を始めても遅くはないし、

時間をじっくりかけることは悪いことではないのだと感じる。

 

ロシア滞在、

正直考えてみれば大変なことも沢山あったけれど、

それ以上に考えることや感じること、学ぶことが沢山あった。

だからこそ、またロシアに来たいと思うのかもしれない。

 

そんなことを思いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシア滞在8日目

 

 

ロシアに滞在してついに一週間がたってしまった。

ありがたいことに、毎日毎日新たなこととかがあって、ものすごい濃密な時間を過ごしていると思う。きっとこれからロシアを出発するまでが早いんだろうなあ。

 

今日は、お昼頃にロシア人の友人と出会って3時間くらいお茶をした。

そのあと、メトロを使ってマトリョーシカのタンブラーを探しながらちょっとユビレイニらへんを見にでかける。

最初は1人でメトロを使うのも怖かったのだけれど、自分の荷物をきちんと管理しながら乗っていれば基本的に問題は無しだということに気づいた。

ロシアの駅は何故か同じ駅なはずなのに、路線が異なると名称が変化する。

なので、日本の大手町駅に例えてみると東西線大手町駅は「大手町駅」という名前でもそれが丸の内線になると同じ大手町駅を指しているのに別の「●●駅」みたいな具合で変化する。

まあそれでも慣れてしまえば割と簡単だし、日本の地下鉄に比べれば乗り換えもそんなに大変じゃないことが分かった。

サンクトペテルブルグの中心の中心、ネフスキー通りを離れて少し遠い場所に行くと一気に人の数が減少する。町の建物や道路のスケールが大きいだけに、その人の少なさがすごく目立つ気がする。

 

英語という言葉

前々からうすうすと気づいてはいたのだが、私は3人以上の集団で一気に英語を話すのが苦手だ。いや、語弊があるな。多分、3人以上でかつ相手が私よりも英語をネイティブの様にぺらぺらぺら~と話す中にいるのが苦手なんだと思う。

その理由を考えてみたんだけれど、

まず一つは自分の英語力がそこまで高くないから。

もう一つは、日本語でも自分の話を延々と長く話すこと自体が苦手というか、好きじゃないことに気づいた。

いや、あ、でもどうかなあ。それは結構人による気がする。

前からうすうすと気づいて考えていなかったのだが、私は彼氏とかある一部の人に対してはぺらぺらとよく自分の最近あったことにういて比較的長く話すことがあると思う。

でもそれは、考えてみると相手が自分にとってとても安心感のある、かつどんな話でも聞いてくれるからと分かっているからかもしれない。

特に私の彼氏については、本当にどんなくだらない話をしても、どんな話題をふってもきちんと話を聞いて返事をしてくれる。また、どんな話をしても、私への評価が変わらないことを知っている。

そう考えると、私はそれ以外の人には面白い話かどうかみたいな規準を設けて話すかどうかを決めている気がする。

でも、まあどちらにせよ、私の英語力に関していえば

面白い話をしようとしても話の詳細逢まできちんと話せるだけの表現力とか、語彙とかがまだまだ足りないんだよね。

あと、自分がリラックスしているかどうかも結構重要な英語を話せるかどうかの基準になっている気がする。割と緊張していると、日本語のアクセントが強く出てしまうし、言葉も出てこない。

 

そういえば、最近ヨーロッパ諸国の出身の人たちと多く関わるので思うのが、

やっぱりラテン語という言語が根幹にある言語が母語であるだけに母語から英語への変換が早い気がする。

日本語のような、そもそもラテン語とは根本的に異なる言語から英語への変換は結構難しい、というか時間がかかる気がするんだよね。

 

レスナヤという駅で感じた郊外、ソ連

スタバを探しに、レスナヤという駅まで足を伸ばす。

ロシアは少し郊外的なところに行くと、なんかしみじみとヨーロッパとは異なる、

なんかソ連が造ったのかな的な印象が強い建物がいっぱい出て来る。

ロシア。

そういえば、木曜日にアメリカ人のおじさんがロシア人教員にロシアの政治について質問をしていたが、自分の意見は言えない、と答えていた。

教員という立場もあるのだろうし、多分この国の政治的な風潮もあるのだろう。

ちなみに、そのアメリカ人のおじさんは

サンフランシスコ生まれだが、アメリカの政治がいけ好かなくてドイツに移住したらしい。色々あるんだなあ。

 

土曜日は、仲良いクラスメートで集まって夜に一緒にお酒を飲んだんだが

ヨーロッパの政治についてスイスの女の子が移民の話をしていた。

そんな話を聞いていて、

政治って本当に実は自分の身近に存在するものなんだなって実感をした。

友だちのロシア人も、テレビの意見を繰り返すんじゃなくて、その人自身の意見を聞きたい、と言っていてはっとした。

政治について、もっと自分なりの意見をもつべきだなあと思った。

 

ロシアに来て、日々毎日色んな発見がある。

色んな出会いがある。

 

ロシアに来る前は、飛行機が嫌すぎてまじでこのロシア研修をなんで申し込んだんだって心底自分自身を呪って直前になって研修をキャンセルすることも考えたけど(笑)

 

でも今は日々、ロシアに来て色んなことを学べて、知れて、発見が出来て良かったなあと思っている。良いことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシア滞在6日目

 

なんやかんやロシア滞在6日目になったことに気づき、時間の経過が思ったより早いことに驚く。

昨日なんかは、サンクトの街を歩くのにも慣れてきて朝音楽を聴きながら登校をした。日本の音楽を聴きながらサンクトの街を歩いていると、無性に日本が恋しくてしょうがなくなった。

こういったインターネットデバイスや現地の学校で唯一の同じ日本人学生の人(私よりかなり年上の会社員)との会話を除けば、基本的に使う言語は英語とロシア語になり日本語を比較的あまり使わない日々を送っている。

そんな時に、日本語の歌を聞くと、日本語の音だったり、その言っている意味がうんうんと考えずとも100%理解出来ることに何だかじーんと感動してしまうのだった。

こういった異国の街に滞在することは、今までイギリス・ニュージーランドで1か月・1年とあるがやはりその度に思うのは住み慣れた場所を離れて暮らす大変さと孤独だ。

好きな食べ物、自分の意見を100%表現することが出来る言葉、何処に何があるのか把握している街…

そういった場所を離れて暮らす大変さを改めて感じる。

現在の日本社会における諸問題(政治のこと等々)を考えると、度々「はあ日本もうだめだな」とか「日本大丈夫かよ終わってないか?」とか思い、もうこうなったらカナダとかに移住するのが一番なんじゃね?とか思ってしまう。

しかし、一方でやはりどこの国にだって社会・政治的な問題はあるわけだし、

自分の生まれ育った環境を離れてとある国のアウトサイダー、或いはマイノリティとクラスのは別種の大変さがつきまとうだろう。

そんなことを考えながら、様々な理由で他国へ移住した人達のしてきた努力に思いを馳せらせ尊敬の念を抱くのだった。

 

学校について。

学校での生活も面白いなあと思うことが多々ある。

私は今までの人生で一番西洋系の人に囲まれて生活をしている気がする。

ニュージーランドにいた時、こんなに西洋系の人たちと関わる機会があっただろうか。

いや、なかったはず。

今、ロシアでは夏休みに入り多くの学生が帰国しているというのもあるだろうが(いや、帰国しているにしたって、こんなにアジア人がいないもんなんだなあと思ってしまう)ロシアのサンクトでは殆どアジア人のひとたちを見かけない。ちょっと似ている外見の人がいるなと思ったらそれは旧ソ連諸国の人たちだ。

それで、今の時期夏休みに入るイタリアとかドイツとかフランスの学生が一斉にロシアにロシア語を学びにきているらしい。

そういえば、昨日はブラジルから一人で来たという孫持ちのおばあちゃんもいた。

ブラジルのサンパウロには日本食の料理屋さんが沢山あり、自分の娘も日本に2~3回働きに出て今ではアメリカに住んでいるらしい。自分の兄弟?かなんかも日本語を勉強していたらしい。

しかしなんでロシア語を勉強しようと思ったのだろう、今度聞いてみよう。

ニュージーランドなんてヨーロッパからめちゃくちゃ遠い国だし、

そう考えるとロシアにひょいひょい来る理由も分かる。陸続きだしね。

ニュージーランドにいる時は、

なんだか欧米系の人たちと話すのが少し億劫というか、びびる気持ちを抱いていたけれど何だかいつの間にかそんな気持ちも何処かへ消えてしまった。これはかなり自分の中で成長した点だと思う。

 

そういえば、昨日エルミタージュ美術館へスクールトリップで行った時に、

さあ美術館に入ろうと思ったら熱中症にかかってしまった。

人生初の熱中症である。

それまで、なんかお腹の調子が悪いし、痛いなと思っていた。

まあそれも軽度だし、まあ大丈夫だろうと思っていたら痛みが悪化。

もう耐えられない、となった瞬間に顔から血の気がさっと引いて周りの人の声もぼんやりとしか聞こえなくなってしまって、足からも力が抜け吐き気に襲われたのだった。

 

歩けなくなりそうな私を、とりあえず私に捕まって中のトイレに入れといった学校の職員の剣幕はすごいものがあった。

いや~日本人だったら、あんな半ば怒る様な激しい剣幕で病人を立たせたりしないだろう。いやでも、むしろそれくらいの剣幕でいてくれたからこそ私も意識を奮い立たせることが出来たのかもしれない。

考えてみればこちらに来て、日本と比較するとあんまり十分に水分をとっていなかったことに気付いた。いかんなあ。

日本よりは涼しいとはいえ、最近のサンクトは雲一つなしの快晴が続いている。日差しは思ったより結構強いのだ。そういえば、天気が悪いことで有名なサンクトがこんなに晴れているのも珍しい?のかも。

 

一応大事をとって今日の午前の授業は休むことにした。

ちょっとまだ頭が痛いけれど、10時間くらい寝たのでまあ睡眠の方は大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシアに来ています

ロシアに今年の8月?7月?に行った時のブログ。

 

 

 

来年の就職は決まったし、

もうかつての様に長期間外国に滞在できるのもとりあえず直近だと今だけかもしんねえな。

 

そんな気持ちで、ロシアに2週間その後1週間1人旅をする計画でロシアに渡航しました。

 

そしてただいま4日目のロシアを迎えていまする。

なんか正直、ロシアのサンクトペテルブルグの道なりを歩いていると大してヨーロッパ諸国やかつて滞在していたニュージーランドと同じ香りがして、そこらへんは結構他国と似ているなと感じる。

 

でも決定的に違うのは、やっぱり人種のバラエティと建物のでかさなどかな。

 

こっちだと、基本的にロシア系とあとは旧ソ連邦の人種で街は溢れかえっている。

今、夏休みだから留学生が基本帰国しているというのもあるだろうが、今町中でアジア人である私が歩くとかーなーり浮いている。

あと思ったのが、日本ほどエスニック料理の多様さが無い。

いや、存在こそはしているんだけれど、

なんかそれはぽつぽつと中華料理とかウズベキスタン料理?屋さんがあるだけで、

なんか日本みたいにばんばんタイ料理とか中華料理があっちらこちらにあるわけじゃねえんだなと思いました。いや、モスクワとかだとまた違うのかな。

あと、インド料理屋さんね。

 

そういえば、

ロシア人の女性は結構な比率で煙草を吸っているきがする。

町中にでると、外の喫煙場所でぷかぷか煙草を吸っている女性をかなり頻繁に見る。

 

あとはなんだろう、

今考えてみると私はまだロシアの表面的なことしか見えていなくて、深層部分に触れたことは無いのかなと思った。いや、4日目だから当たり前か。

ロシアってデカい。

建物も道路も、何もかも広大な土地をこれでもかっていうほどゆったり使っている。

日本なんか狭いところにちまちま色んなものをぶちこんでいるんだなと気づかされる。

 

今度はウラジオストクらへんに行ってみるのも面白いかもしれない。

 

でもしかし、意外とロシアは割と過ごしやすいな今は。

季節も半そでで十分、

クーラーもいらないくらいには過ごしやすい。

また、海外に出ると一番ネックになるのが、というか私にとってネックになるのは食べ物なんだけれど

日本でロシア料理を食べた時から思っていたけどこれが美味しいんだな。こう、調味料を1種類しか使ってないといった様な粗雑な味ではなく、なんかきちんと味がついていて本当に美味しい。

 

あと、ホームステイ先での話になるが、基本的にロシアでは玄関こそないが扉を開けたそこでは靴を脱いでスリッパになるのでこの点も靴は脱ぎたい私にとっては快適だ。

以前ニュージーランドの寮にいたときは、

玄関ではないものの玄関がわりとして、靴を扉の近くにおいていたのにとある友人が靴でどかどか部屋の中に入ってきたことは忘れられない。

 

しかし、日本のニュース番組ってまじでエンターテイメント性高いよなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「女性の活躍促進に向けた取組み アイスランドの経験から学ぶ」NWECグローバルセミナーに行ってきた

修論の気晴らしにちょっと。

 

今年の9月か10月位に、

石川県金沢市で行われた日本女性会議に参加していた。

 

知り合いの教授から、自身が登壇することを話され

アカデミアの世界にいるのも時間に限りがあるので足を伸ばしたのである。

 

そこで、チラシとして配られたのが、

標題のグローバルセミナーのチラシ。

 

元々、アイスランドという国がなんとなく好きで、

(綺麗そうだな~っていう印象)

アイスランドの女性活躍促進ってなんだろう?」と

思い関心があって申し込みをした。

(あとから見ると、かなりの応募があったようでキャンセル待ちとかあったらしい)

 

当日になると、私の悪い癖で

「行くの面倒くさいな~」とか思っていたのだけれど(笑)

でも折角なので、

2限の授業発表が終わりご飯を食べて会場の四谷駅へ向かった。

 

講演を聞いた感想はというと、

 

すごく良かった!!!

 

アイスランドは現在、ジェンダーギャップ指数1位の国。

それなだけあって、

男女賃金同一法の制定などかなり男女平等の先進的な取り組みをしていたことが分かった。

 

また、現在はアイスランドの高校の幾つかの高校で

ジェンダー教育の授業が導入されているらしく、

基調講演者のアクティビストはその授業の必修科目化を目指していると語っていた。

 

すごい。

 

しかも、その必修科目化を目指したのは、

大学で社会学を先行していた高校教師らしい。

 

アイスランドも、

かつてはフェミニストという言葉がとてもスティグマとされていたらしい。

しかし、今では

フェミニスト=クールという図式が成立しているらしい。

 

私もかつて、

フェミニストという言葉に対してあんまりイメージが無かったのをそれで思い出した。

 

私も、大学院進学をふまえて、

ジェンダーをやりたいという気持ちが過去にあった。

 

しかし、

これ以上「過激」な思考に走ってしまったら

私は社会不適合者になってしまうのではないかと思い足を踏み直したのだ。

 

でも結局、

今の分野の研究も楽しいが

自分が日頃関心を持っているのは、ジェンダーのことなんだなと

この大学院2年間で痛感した。

 

ジェンダー

高校生までの私が意識していなかったもの。

そして、大学生になった私が痛感したもの。

そして、大学4年生になった私が再び痛感したもの。

 

この日本社会で女として生きることは不利だ、と思った。

 

大学1年生の時の私が言っていた言葉。

「性別の関係無い無機物になりたい」

女であるという呪いは、ずっと私にかかりっぱなしである。

 

勿論、

それから現在の彼氏と出会い、交際してから

ああ、こんな私でも受け入れてくれる人がいるんだ

と思ったのことは、

すごく私を慰めてくれた。

 

でも、やはり

彼氏がいても私にふりかかるこの社会からの「女である」という呪いは

完全には解けなかった様に思う。

 

そりゃそうだろう。

私の世界は、彼氏だけで成り立っているわけではないのだから。

 

今回のセミナーの講演は、

まだ日本の状況が酷いものであることを再確認させてくれると同時に、

でもこれからの変革の希望もあるのだということを思い直させてくれたものだった。