読書記録

読書の備忘録

2019年3月までの出来事ふりかえり

 

元々、読んだ本の感想などを書きとめておくはずだったのに、

いつのまにか自分のブログ?というか振り返りとかをする場になってしまった。

 

つい先週月曜火曜水曜あたりに、

ここ数年で一番落ち込む出来事があった。

しかも原因が外的要因ではなくて、

自分のポンコツなミスによって引き起こされたものだった。

今はあまり詳細に此処に書き残す気分ではないので書かないけれども。

 

でも、言い訳させてもらうと

「よもやまさか」という感じだったのだ。

まさかこんなミスでこんなことになるとは、と。

 

私はもともとおっちょこちょいで有名な方だけれど、

まさかこんな面でも影響が出てしまうなんて、と。

 

本当に久々に落ち込んだ。

けれど、色々なことをしてようやく日常生活を送れるほどにまで回復した。

 

しかし一方で、

そのミスによって様々な反省の機会と新しい機会を与えられたというのも

実は事実なのだ。

 

反省の機会というのは、

最近の自分の生活についてだ。

素行とか、そういったもの。

最近、流れに任せてぶらぶらと物事をやり過ごしていたので

1つ1つを丁寧に処理していかなきゃ、と思い起させてくれた。

 

また、

実はミスをしなかったら参加出来なかったであろう

私の修論に関係するイスラーム教のイベントへの参加を誘われた。

 

この手のイベントはいつも私はどうしても外部者になってしまうので

ドキドキしながら参加しているのだが、

実際に参加してみて

お礼を言いたかった相手に3人ほど出会うことが出来、

直接お礼をし

また

ひょんなことから2人ほど私の修士論文を読みたい!という人たちと出会い、

今日渡すことが出来た。

 

なんとも。

私があのような失態をしなければ、

このイベントには参加も出来なかったし

なんならこの人達と出会うことも出来なかっただろう。

 

実は私は意外に信仰?信心深い。

母親がとてもスピリチュアルであることも相当影響していると思うが、

中高通ったカトリックスクールでは

さりげなく自主的に新約聖書旧約聖書を読破した(全然課題とかではなく)。

一時はカトリックに改宗しようかとも思っていたのだが、

その時ここで1つの宗教に改宗するのではなく

もう少し色んな宗教をみてからにしようと思いとどまった。

(というか、それがあったからこそ私はイスラーム教に関係する研究が出来ているのかもしれない)

 

で、何が言いたいのかというと、

結局自分に起こる出来事というのは何らかの意味があるということなんだと再解釈したのである。

そう考えると、自分の心の中にわだかまっていたものがするっと解消されたのだ。

気持ちもかなり楽になった。

そうか、これには意味があって起きたんだ、必要なことだったんだなあ。

と考えると、本当に気持ちが楽になった。

 

昨日参加したセミナーでは、

よくある日本人の誤解として、「弱い人が宗教に頼ると思い込んでいる」ということが挙げられていた。

 

確かになーと思った。

けれど、よくよく考えれば弱くない人なんているのだろうかとも思った。

人間、皆どんな形であれ弱い人だと思う。

 

弱く見えなければ、それは単に強がっている人なんだと思う。

というかむしろ、弱いのが人間なのであれば

なにかに頼るという行為は全然悪いことではないと思う。

むしろ生存戦略として正しいのでは?と思う。

そんなことを考えた。

 

私が書いた修論が、少しでも読んでみたいと思う人に届けば良いと思った。

そんな機会が与えられたことに感謝するべきだろう。

 

また、程度の差こそあれ、

振り返ってみれば2月1月、去年と辛いことはやっぱり幾つかあった。

その時は辛い思いをしていたが、

今になってみれば「ああ、そんなこともあったなあ」と思う程度になってしまった。

時間薬、というやつだろうか。

勿論、今回のことを通して学んだことは

ずっと忘れないようにしなきゃいけないが。

 

話は変わるけれど、

修士論文を執筆した私は色んな新しいことを始めた。

 

ランニングをして、皇居5kmランに参加して

プール教室に通って、25km泳げるようになって

テストライティングで初めてきちんとしたブログ記事を執筆して

付き合っている相手にプロポーズをして、とか。

 

色んな新しいことが起きては経験をして。

 

そして、会社の関係で

地方勤務となることが決まって。

 

随分と新しいことを経験したり、決定されたりした。

幸運なことに充実をしていると思う。

色々不安なことも沢山あるけれど、

新しいことを始めることにこれからもためらわずにやっていきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1-2月の感想と2019年の目標

 

修士論文執筆に追われて、

2019年に突入したという実感がわかなかった。

しかも、今世紀最大の喧嘩を家族としたため、

実家に帰らなかったというのも大きいと思う。

 

しかし、

この1-2月に色々学んだことも多いので

そのまとめをしながら今年の目標を立てていきたいと思う。

 

修士論文を執筆し終わって気づいたのは、

大学院にいたいという気持ちだった。

私は、学部生で院進を決めた時から

博士課程に進学するつもりなんて毛頭なかった。

それは、修士課程に進学した時も同じだったし、

去年の12月もそうだった。

 

けれど、

修士論文を執筆して

教授や先輩からポジティブな評価を貰い

一方で論文の多くの至らない部分を発見したり、

もっと抽象的な議論に結び付けたかったという思いが残った。

 

そのため、

今はいつか海外の大学院に進みたいという思いが自分の中にある。

今のテーマで海外の大学院でもやっていくのか、

そもそもやっていけるのかどうかまではまだ全然考えられていない。

 

とりあえず、書いた修士論文で業績ある程度の業績だけ残そうと思い

国際学会への申し込みと学会誌の投稿を検討している。

 

思えば、こんな気持ちになるなんて就職活動の時は思ってもいなかった。

しかし勿論、今すぐ海外の大学院に進学したいわけじゃない。

そもそも、

家に経済的な余裕がないのでまずは社会に出て稼ぐ必要があるし、

とりあえずこのタイミングで社会に出て働きたいという気持ちも強い。

そして、会社に入ってやりたいことというのもある。

 

去年から今年にかけて、

私の就職活動も関連した家族との関係は本当に私を悩ませるものだった。

そのおかげで、

本当にこの就職の形で良いのか何度も悩まされ苦しまされてきた。

しかし、

最近のフェミニズムの勉強会などを通して

自分はあくまで会社という現場で、女性や全ての人のキャリア形成を考えていきたいなと感じた。

その為、

今の私には将来やりたいことが沢山ある。

 

いつかは海外の大学院に進学したいということ。

そして、会社の人事という仕事について女性のキャリア形成は勿論、全ての人のキャリア形成やダイバーシティ推進事業に関わっていきたいということ。

 

とりあえず、将来やりたいことは上記の2つだ。

そして、その為にやっていきたいことは

フェミニズムや労働について学び続ける

・英語やロシア語の語学勉強を続ける

ということ。

 

なので、そうだなあ、

今年は学びの為に

やっぱりアカデミアとの繋がりを消さない。

その為に、学内の勉強会サークルと、ジェンダー系の活動に参加することを決めた。

 

今年は、思ったことをそのままにせずアクションに繋がらせるところまで頑張りたい。

 

あとは個人的な趣味になるけれど、

スポーツを頑張りたい(笑)

 

 

 

 

2018年の振り返り

 

2019年に入って、既に1か月過ぎてしまって今更

2018年の振り返り?かもしれない。

 

けれど、1月は修士論文の提出とかに追われて全然去年の振り返りが出来なかったどころが、そもそも新年を迎えたということさえ実感することが出来なかった。

 

そんなわけで、今年の目標を立てる、見通すために去年の振り返りから

ぽちぽち書いていきたいと思う。

 

当初、2018年って私大したことしてないのでは?

と思っていたけれど、iPhoneのノートで去年したことをつらつら列挙していたら

結構様々なことを新しく始めていた年だった。

 

(旅関連)

去年は、広島山梨北海道佐賀福岡と日本国内は旅行し、

外国に関してはスウェーデンフランスロシアエストニアリトアニアラトビアを旅行した。

 

始めての一人での国際線や、海外旅行とかなりドキドキしたのを覚えている。

渡航前夜まで、本気でロシア研修をキャンセルできるかどうかを検討していた。

けれど、結果的に当たり前だけれどロシア研修を通して本当に多くのことを学べた。

何歳になっても学ぶことが出来るという事実や、

エストニアという国自体へすごく強く惹かれた。

 

また、ロシア語が学びたくてロシア研修に1人で申し込んで1人で渡航して、

1人旅行をしたという話を知り合いの教授などに話したら

「貴女は何処の国へ行っても生きていけそう」という評価を頂いた。

ただの褒め言葉、として受け取ることも出来るけれど、

そういった他者からの評価としてどこでも生きていくことが出来るというサバイバル能力?バイタリティーを評価してもらえたのはこれからも自分が自分自身を見つめていく時の1つの視座となるだろう。

 

(文化面)

広島倉敷で、

日本絵画の美術館に行ったことで改めて絵画展に行きたい!という想いが強くなった。

特に、児島虎次郎の絵画に強く惹かれて、

彼のポストカードを何枚も購入した。

それから、

最近美術や芸術に触れていないことに気づいて積極的に美術館に行こうと決意する。

 

去年良かった美術館のもう1つは、

トレチャコフ美術館だろう。

ロシア絵画ということで、惹かれて見に行ったが

どれも圧巻の美しさでついトレチャコフ美術館の冊子を購入してしまった。

 

あと、去年は映画も結構見に行った。

そもそも、ロシア映画を観てみたいという想いから

Twitterなどでロシア映画が開催されればそれにひょこひょこ参加しに行った。

しかし、ロシア映画を観る中で

流れではまってしまったのがジョージア映画だ。

岩波ホールジョージア映画が上映されると知って、

興味本位で観にいったらこれがまためちゃくちゃ面白い。

今まで白黒映画自体にさほど興味をもてない自分がいたが、

ジョージア映画は白黒の陰影をかなりうまく使う。

その影響でジョージア映画祭にまで行ってしまった。

ジョージアはこれを機に行ってみたい!と思う国の1つにランクインした。

 

去年はその流れでロシア文学にも触れていきたいと思った年だった。

しかし結局1冊しか読めなかったわけだけれど…(それがチェーホフの短編)

 

(その他)

また、去年は日本女性会議やアイスランドの男女運動平等セミナーへ参加した。

特に、アイスランドセミナーに関しては、

日本女性会議に参加した時に貰ったパンフでたまたま見かけ、

そのまま直ぐに申し込んだもの。

かなりの人気で、最後の方は満員御礼みたいな表示があった気がする。

このセミナーに関しても、

最初は行くのめんどうくさいな~と思ってはいたが、

結果行ってみてすごく良かった!(最初に行くのを嫌がるのは私の悪い癖の1つ)

何よりも、アクティビストの講演を聞けて、

そうかこういうことを仕事として生きている人もいるのか、と思った。

また、こういったジェンダー平等が達成されるには

やはり「教育」が非常に重要とのこと。

また、アイスランドでの事例では

高校にジェンダーの授業が選択科目的に導入され

それは一人の社会学を専攻した女性教師が始めたことらしい。

そういった1つの事から、

大きな潮流を形成していくことに痛く感動した。

そして、自分もこういうことに関わっていけたらなっていう

なんかある種の使命感の様なものを感じた。

 

(生活面)

思い返せば、

去年は一人暮らしを始めて、

ロシア語を勉強しはじめ、

就職活動をし始め、

修士論文を本格的に書き始めて色んなところに調査に出向く日々だった。

生活面で色んな新しいことを始めて、

そしてそれを終わらせた年でもある。

そういえば、修士論文執筆に追われる年末は死ぬほどつらかった。

あんなに時間の経過が早いと感じるのも久し振りだった。

そして、そういえば祖母が亡くなったのも

去年の就職活動の最中だった。

また、去年の後半にかけては

自分と家族との関係性を何度も見直す機会に直面した年だった。

 

でもこう振り返ると、

とても充実したものだったと思う。

うむ、良かった良かった。

ロシアでの語学学校

 

・時期

・リデンアンドデンツとの比較

・在籍している生徒の国籍

・日本人の数

 

 

私はロシアではデルジャービン・インスティテュートという

専門の語学学校に8月の頭の2週間通った。

 

そして、結論から言うと8月という時期に現地の語学学校に通うのはかなりベストだと思った。

その理由の1つは、まずかなり欧米系の学生が一気に同時期に通い始めるからだ。

8月、ヨーロッパの大学に通う学生は丁度夏休みに入っている関係で

驚くほどに皆このデルジャービン・インスティテュートに集まってくる。

 

私が出会っただけでも、欧米系に限らず

イタリア人・ドイツ人(この2カ国が圧倒的に多い)、フランス人、ペルー人、アメリカ人、スコットランド人、ブラジル人、スイス人…など。

 

アジア系は、私ともう2人の計3人の日本人と1人の韓国人だけだった。

これほどまでに欧米系メインで多種多様な国籍に囲まれたのは、

ほぼ初めての経験と言っても良い。(ニュージーランドは、欧米系も確かにいるが地理的な関係上アジア人がとても多い)

 

誤解を与えないように言いたいのだけれど、

私はニュージーランドに居た時に中国人や韓国人(特に特に中国人)といったアジア系の子達との交流が自然と多かったために

一度は欧米系の学生が多いところで勉強してみたいなと思っていた。

その旨をエージェントに言ったときにオススメされたのがこの語学学校だった。

 

そして、基本的に先ほども言ったように

8月は夏季休暇をロシア人がとる為に、

またロシア人学生やその他のロシアに滞在している留学生も8月は夏休みで自分の国に帰国してしまう為に

日本人のロシア留学というのも基本的には9月からが想定されている。

 

なので、日本人の数もめちゃくちゃ少ない!

(これを良いととるか、悪いととるかは諸君の留学目的とか考え次第である)

 

勿論私的にはこれが滅茶苦茶良かった。

 

日本人がいたら日本人とつるむのは殆ど自然の流れといって良い。

別にそれが悪いとは全く思わないし、自分の母語である時には相談したり情報共有したりネットワークを広げたりするには日本人との交流がベストだとは思うが

 

日本人が多いとそれはそれでつるんだりするのがちょっと面倒である。

 

私の場合、

日本人がほぼ皆無という状況で日本人とそこまでつるむ必要が無かったので、

フランス人やイタリア人の子と仲良くなって一緒に観光したりもした。

また、その仲良くなった子たちのネットワークを利用して、

ほぼ毎日色んな国籍の子たちを混ぜながら学校の近くでお昼ご飯を食べたりしていた。

 

正直こういう経験ってなかなか出来ないと思う。

 

 なので、

敢えて日本人が居ない時期に行くことをお勧めする。

 

…うん、ある程度英語かロシア語が出来ないと厳しいけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシアでのホームステイ

ロシアを出国する前日の夜から考えていたことがあり、

エストニアにも入国し無事に宿にも着いたので実行に移そうと思う。

 

それは、ロシアの短期語学研修のまとめです。(ばばーん)

私がロシアに行くまでに見た限り、ロシアの短期語学研修とかについて書かれたブログなどが殆ど無かったのが印象に残っていたので

折角だからその経験をブログにまとめておこうと思って、書こうと思います(ロシア語の短期語学研修って需要あるんかな…?)

 

ま、とりあえず第一弾は『ロシアでのホームステイ』について。

今日はそれについて書こうと思います。

 

・結構ビジネスライクな感じが強かった気がする

・もしかしたら、おじいちゃんおばあちゃんみたいな老夫婦家庭がおすすめ?

・ロシア語能力があまり高くなければ、事前に英語も話せる人の家庭を申し込もう

・時期は結構重要

 

です。

 

・結構ビジネスライクな感じが強かった気がする

 

 私はこれまで、ロシアを含めて3回ホームステイを経験したわけですが、(1回目はカナダ、2回目はニュージーランド)今回のホームステイが最もビジネスライクだった気がします。

 

 私がカナダにホームステイしたのは高校生の時。

 その当時、ホームステイとは「滞在する先のファミリーとご飯を交えて色んな話をしたり、週末は一緒にどこか出かけてくれる」というのが理想的なものとされ、その様な理想を叶える為にはステイする此方も「最低限のルールを守って、出来るだけ部屋に引きこもらない様に」という言葉を守る様に、と高校の先生とやらから強く言われてきました。

 実際、今考えてみると私がステイしたのはイタリア系移民の老夫婦家庭だったわけですが、すごく満足を感じていたわけではなかったけれど(これは当時私が全く英語が話せず、かなりシャイだったために老夫婦負債とどうコミュニケーションをとって良いのか分からなかったという部分が大いにある)娘夫婦の家に連れていってもらったり、別のホストの家のプールで遊ばせてもらったり、庭でバーベキューをしたりと、

多分3回のホームステイの中でもステイする私に最も厚いケアをしてくれたのではないかと今振り返ってみると感じました。

 次は、ニュージーランドでのホームステイだけれど、こちらも結構なビジネス色が強く私に自立・独立を結構強く求めた人だったけれど、ご飯を食べながら色々な話をしてくれたし、一回一緒にオークランドから離れた海に連れていってくれたし、今でもなんやかんやFacebookで連絡をとりあっている位には割と良い関係を維持出来たと思っている。

 

 しかしまあ今回のロシアのホームステイ。

 ご飯はきっちり、朝晩と作ってくれはするけれど基本的にコミュニケーション0。

 私が拙いロシア語で話すと、たまに「わかったわかった」と言わんばかりにすげない返事をしたり。

 ドライヤーを貸してくれないか、と言ったら「これ私のドライヤーなんだけど」つって大きな溜息をつかれる。

 難しいロシア語は分からないのは分かるはずなのに、私に伝わらない時結構な剣幕でロシア語で言い立ててくることがある。

 洗濯機の使い方が分からないで、「ん?ん?」としていたら、結構強い剣幕で「これはこうだ!」と言ってくる。

 

 …とまあこんな感じでしたね。そして多分今後も連絡をとることはないです。

 

 しかしこんなことが続いて、「ホームステイってこんなもんだっけ???」と思い、パソコンでポチポチと調べるとよく言われる「ホームステイの大当たり・当たり・外れ」の内容も結構色々あることに気づきました。

 

 幾つかのブログを回った結果、大体「ホームステイの外れ」とされるのは

・毎食ご飯がレンチンでなおかつしょぼい、とか

・ベビーシッター代わりにされる、とか

・シャワーの時間を制限されたり、帰宅時間を指定されたり、とか

・ホスト先のお母さんが男を連れ込みその男が卑猥なことを言ってくる、とか

 

…いや、これ、完全に大外れやん…やばくね…?こんなステイ先存在するの?

 

逆に、ホームステイの当たりは上記のことが起きてない家庭であり、ホームステイの大当たり(しかしすごいレア)は、上の方でも書いたファミリーととても仲良くなり週末一緒に出掛けたりする、というもの。

 

そんなブログを沢山読んだ結果、自分のロシアでのステイ先への捉え方が変わりました。

 

まあ、確かに初日の方はちょっとコミュニケーションとってくれたし、コミュニケーションほぼ皆無つっても、作ってくれるご飯はどれも美味しかったし傍から見ていると結構手間がかかりそうなものばかりを作ってくれた気がする。

 

ロシア語が拙いのは、私の勉強不足のせいでもあるし、

なおかつホストマザーは英語が話せるのでそこで必要なコミュニケーションをとれたのは良かったと思うし。

 

シャワーもいつでも入って良かったし、帰宅時間が何時になったとしても文句を言われなかったのもとても楽で良かった様な気がする。

 

いつでも不機嫌だったかと言われると、そういう訳でもなく

期限が良いときはにこりと笑っていた。

 

少なくとも、ベッドや部屋を1つちゃんと用意してくれていた(まあすごくほこりっぽかったけどな、部屋)

 

そう考えると、私のホストマザーは契約上の最低限義務とされていたことはきちんと推敲してくれていたのだ。

勿論、私に対する無関心は時に私にショックを与える時もあったけれど、

その無関心が私にある程度の自由を与えてくれたというのも事実なのだ。

…でもまあ、向こうの期限や態度が悪い時が頻繁過ぎてステイする私とのコミュニケーションがうまく成立しなかったっていう点は決定的な致命傷だけどね…。

 

ま、ということで以上の私の個人的経験から言いたいことは、

「ホームステイ自体、あんまり期待し過ぎるなよ」

ってことです。

 

そもそも、ホストファミリーを自分に置き換えてみると

自分の貴重な時間である週末を、よくわからん外国人の若い学生に使うっつーのが

本当に貴重な行為で全ての人間が出来るわけじゃないと思う。

 

じゃあ出来ないならそもそもステイを受け入れるなよって話だけれど、

まあやっぱりホームステイを受け入れるだけでもお金をある程度収入として見込めるという点はホスト側には非常に重要なのではないですかね。

 

ま、私は次のロシア滞在は多分ホームステイではなくて

アパートとか寮とかを多分選ぶし、

今回のホームステイ先も2週間という短期間でなければステイ先を変える申請を出していたと思うけれど。

 

ちなみに、今回の滞在の2週間の内

最初の1週間は18歳のドイツ人男性、次の1週間は別の28歳のドイツ人男性がルームメイトになったのだけれど

前者のドイツ人はまじで必要最低限の時以外は部屋から出てきませんでした。

私よりも2週間先にこのステイ先に住んでいたからこそ

色々感じることもあり、期待もしていなかったのかも。そして彼の性格もあるのかもな。

後者のドイツ人はかなり気さくな感じで、

晩ご飯を3回くらい一緒にとって英語で色々話していた。

彼はまだ滞在して少しなので、

今後どんな感じの滞在になっていくのか知りたくもあった。

 

 

 

じゃあ他のロシア人家庭もそんなもんかつったら、

私の知り合いの子もサンクトで若共働き夫婦のところにステイして

かなりのビジネスライクの上に自分の悪口を影で言われていたっていうのもあったし、

 

同じ語学学校に通っていた友達のホームステイ先は、

1人のおばあちゃんのところでご飯はきちんと作ってくれるが、おばあちゃん自体は自分の部屋で食べるからいつも私は1人で食べていると寂し気に語ったり、

 

もう1人のクラスメートのステイ先は、

かなり自由気ままに家を使わせてもらっているし、宿題も手伝ってもらえるけれど

話すロシア語が変だったりすると結構キツイ感じで「ナニソレ?」って言われたりするんだよねえ、と言っていて。

 

こんな話を聞いていると、

そもそも自分とは異なる全くの赤の他人と同じ屋根の下で暮らすという行為自体

何らかの摩擦や衝突が起こりうるものだし、それが当たり前っちゃあ当たり前なのだということに気づかされる。

 

勿論、私のクラスメートのスコットランド人がステイしていた先は彼曰く「とてもナイス!」と元気よく言ってたので、やはりこれもステイ先次第だろう。大きな博打感がすごいするけどね。

 

ちなみに、私のステイ先について私の留学に関する現地の日本人エージェンシーの方に相談したら「うーん、若い人だからかなあ(私のホストマザーは28歳)、なんだか時代が変わったっていう感じがする」とのお答え。

 

もしかしたら、今の若者達はビジネス感覚でホームステイをしているけれど

お年寄り家庭だったらもうちょっとおもてなし感があるのかもしれない。

 

ちなみに私はこの家庭にステイして何度も心中で「お前におもてなしという概念を教えてやりてえよ」と毒を吐いていた。

 

また、これは割と重要なことだが

8月というシーズン自体ホームステイが出来るロシア人家庭の数が全体的に減少する。

皆、長期休暇をとってダーチャに行ったり、海外旅行をして家を留守にするからだ。

 

私のステイ先も、

本当は50代くらいの夫婦がホスト代表だったがトルコに旅行していた関係で

その夫婦の娘がホストマザーになっていた。

 

その為、8月という時期はちょっと注意が必要だ。

もしとんでもないホームステイ先になって速攻変更したいとなっていても、

そもそも変更先の選択肢が限定されている可能性が多いにある。

 

ま、しかし私は個人的には8月でのステイは結構オススメである。

それは次のテーマである語学学校で述べたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシア滞在14日目

 

 

ロシア滞在最終日

何をしているかというと、家で風邪でダウンしている私…

いや、これでも割とましになったけどね。

 

火曜日にマリインスキー劇場白鳥の湖を見て、

次の日の朝から喉が痛いとずっと思っていた。

水曜日に、友達とネフスキー通りのお土産屋さんを見てマトリョーシカを見た後も

喉の痛みがずっと気になった。

それで結局、日曜からエストニアに行くし、と思って木曜日にロシアの病院に行くことになった。(結局その午前とか割と症状も悪化していたしね)

 

それで、出来ることなら金曜日を休みたかったんだけれど、

最後の授業と卒業式があることから休むわけにはいかず出席。

その後、家で休んでロシア人の友だちとエルミタージュ美術館とピーテルのラーメン屋さんに行ったんだけれどこれが良くなかった…

 

2時間にわたりくそ広いエルミタージュ美術館を歩き回って、正直途中からふらふらになっていた。

そして、

バイバーイと別れたころには喋り過ぎて喉の痛みが完全にぶり返していた…

本当だったら、今日最後の郊外への遠足があったのに…

そこで何人かともお別れの挨拶をしたかったのだけれど、

今日の遠足は結構長時間にわたるため此処で死んだらエストニアで死ぬのは自分なので諦めた。

絶対に学校の人にめっちゃか弱い人間だと思われているに違いない…

こんなに短期間で体調が2回も崩れるというのも珍しい。

まあ、元々日本で冷房の効いた家と大学を15分くらいで往復して

週に2回ヨガをやるだけの生活じゃ体力の蓄積なんか0だわな…と痛感した。

こっちにきて、ちょっとやり続けていた筋トレも中断してしまったし。うう。

 

でも、海外に行って体調が崩れるって前にあったかな。

そういえば、2月に行ったスウェーデン・パリ研修でも

1週間の内の半ばに少し体調を崩していた。

その前の長期間の滞在は1年間のニュージーランド留学では、

風邪を引いたのは1回だけだったけどなあ。

 

年っていうのもあるのかもしれないし(悲しいことに)

交際相手にこのことを言ったら「そもそもロシアの環境が身体に合わないんじゃ?」と言われた。

確かに、ロシアのサンクトペテルブルグでは先週かなり珍しい猛暑が訪れた(このタイミングで熱中症にかかった)と思ったら、その後秋か?!と思うくらいの寒さが訪れた寒暖の差が異常に激しかった。そして風邪を引いた。

そういえば、母親に昔「季節の変わり目は体調を崩しやすいよね、あんた」と言われたのを思い出す。

まあ季節の変わり目って誰でも体調を崩しやすいものだけれど、

置かれている環境に対して人間の身体ってとても影響されるんだなとすごい思った。

 

日本に帰ったら、少しお金をかけても良いから栄養バランスのとれた食事をとらないとな。

 

しかし、ロシアで日本語を勉強しているよ~!といったロシア人の3人会ったのだけれど、

その内の二人が結構な頻度で日本に旅行していることに関してはすごく驚いた。

私も結構海外経験は多い方だとは思うけれど、

1つの国に対して1回以上訪れたことはない。

1つの国の文化、いやそれだけじゃなくて1つのことに関して深く知るためには

勿論回数を重ねることも大事なんだなと思った。

 

そうそう、ロシアの語学学校だけれど、

私はサンクトペテルブルクにあるデルジャーヴィンインスティテュートというところに2週間通わせてもらった。

私はロシア語を全然勉強していなかったことからビギナークラスにいたけれど、

毎日出される宿題をやり(かなり適当にやっていたけどw)

毎日ロシア人教師のロシア語を聞いて、自分でもロシア語を話すようにすると

2週間でもかなりロシア語を理解する力がついたと思う(まあそれでも私のロシア語は大したことないのだけれど。今だに現地の人が話すロシア語は速すぎて何を言っているのか分からない)

名詞の性別によって、修飾する形容詞の形が変化するとか

最初は意味が分からないと思っていたけれど、暫くやっている内にその「感覚」みたいなものが何となくわかってきた気がする。

個人的には、この「感覚」が結構外国語を習得する上で大事だと思っている。

 

例えば、私が高校時代に受験英語の中でも関係代名詞を学んでいた時に、

「これ、実際に英語を話す時、私関係代名詞使えなさそう」と漠然と思っていた。

それは何故かというと、

要するに日本語だと、

 「それは、私の母が買った本です。」が、

英語だと

 「それは、本です 私の母が買った。(It is a book which my mother bought)」

になるわけである。

この本という名詞を修飾する「私の母が買った」という情報が日本語では先にくるけれど、英語では後に来る。この日本語では形容詞を前においていたものを、英語では後に置くという行為が、当時の私にはとても難しい様に思えたのだ。

でも、ニュージーランドでの留学を経たあと、

英語を話す時に自然とその関係代名詞を自由に使えるようになっている自分に気づいた。それは、英語を話す時に、その名詞を詳しく説明するという「感覚」をなんとなく身に付けたからだと思う。

 

そういえば、日本語を学ぶ外国人と話すと毎回良く言われるのが

「日本語は書くのが難しい!ひらがな、カタカナ、漢字、全て覚えなきゃいけないじゃない!」というセリフである。

 

まあ確かにな。

英語とかならアルファベットさえ覚えれば、ロシア語ならキリル文字を覚えれば後は表現する為の文字を覚えくても良いもんね。

でも日本人だって、漢字を学ぶのに、

小学1年から高校3年までの12年間をかけて勉強するのだと思うと

まあ随分と途方もない時間をかけて漢字を勉強してきたなあと我ながら関心する。

 

ちなみに、私は小さい頃から漢字が得意で

それは漫画をずっと読んでいたからだと思う。

漫画なら難しい漢字にもフリガナが振ってあるし、

なおかつ私は四角からの情報だと割と楽に覚えられるたちだったみたいで

いつも漢字のテストの成績は良かったと思う。

 

話を戻そう。

なんか、そやって何回も回数と時間をかけて日本を知ろうとしている人とか、

そういう人達を見ていると

私も時間をかけて1つの事を知っていくことの大切さを感じる。

私も時間をかけてロシア語を学んでいきたいな。

私は元々の性格がせっかちだし、

世の中の風潮もどれだけ短期間である能力を身に付けるか、ということに重きを置いている気がする。

けれど、

今回通った語学学校でも60歳くらいを軽く超えるブラジル人のおばあちゃんとか

いわゆる日本で勉強する年齢とされているような年をゆうに超える人が集まってロシア語を勉強していたのを見ると

いつから何を始めても遅くはないし、

時間をじっくりかけることは悪いことではないのだと感じる。

 

ロシア滞在、

正直考えてみれば大変なことも沢山あったけれど、

それ以上に考えることや感じること、学ぶことが沢山あった。

だからこそ、またロシアに来たいと思うのかもしれない。

 

そんなことを思いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシア滞在8日目

 

 

ロシアに滞在してついに一週間がたってしまった。

ありがたいことに、毎日毎日新たなこととかがあって、ものすごい濃密な時間を過ごしていると思う。きっとこれからロシアを出発するまでが早いんだろうなあ。

 

今日は、お昼頃にロシア人の友人と出会って3時間くらいお茶をした。

そのあと、メトロを使ってマトリョーシカのタンブラーを探しながらちょっとユビレイニらへんを見にでかける。

最初は1人でメトロを使うのも怖かったのだけれど、自分の荷物をきちんと管理しながら乗っていれば基本的に問題は無しだということに気づいた。

ロシアの駅は何故か同じ駅なはずなのに、路線が異なると名称が変化する。

なので、日本の大手町駅に例えてみると東西線大手町駅は「大手町駅」という名前でもそれが丸の内線になると同じ大手町駅を指しているのに別の「●●駅」みたいな具合で変化する。

まあそれでも慣れてしまえば割と簡単だし、日本の地下鉄に比べれば乗り換えもそんなに大変じゃないことが分かった。

サンクトペテルブルグの中心の中心、ネフスキー通りを離れて少し遠い場所に行くと一気に人の数が減少する。町の建物や道路のスケールが大きいだけに、その人の少なさがすごく目立つ気がする。

 

英語という言葉

前々からうすうすと気づいてはいたのだが、私は3人以上の集団で一気に英語を話すのが苦手だ。いや、語弊があるな。多分、3人以上でかつ相手が私よりも英語をネイティブの様にぺらぺらぺら~と話す中にいるのが苦手なんだと思う。

その理由を考えてみたんだけれど、

まず一つは自分の英語力がそこまで高くないから。

もう一つは、日本語でも自分の話を延々と長く話すこと自体が苦手というか、好きじゃないことに気づいた。

いや、あ、でもどうかなあ。それは結構人による気がする。

前からうすうすと気づいて考えていなかったのだが、私は彼氏とかある一部の人に対してはぺらぺらとよく自分の最近あったことにういて比較的長く話すことがあると思う。

でもそれは、考えてみると相手が自分にとってとても安心感のある、かつどんな話でも聞いてくれるからと分かっているからかもしれない。

特に私の彼氏については、本当にどんなくだらない話をしても、どんな話題をふってもきちんと話を聞いて返事をしてくれる。また、どんな話をしても、私への評価が変わらないことを知っている。

そう考えると、私はそれ以外の人には面白い話かどうかみたいな規準を設けて話すかどうかを決めている気がする。

でも、まあどちらにせよ、私の英語力に関していえば

面白い話をしようとしても話の詳細逢まできちんと話せるだけの表現力とか、語彙とかがまだまだ足りないんだよね。

あと、自分がリラックスしているかどうかも結構重要な英語を話せるかどうかの基準になっている気がする。割と緊張していると、日本語のアクセントが強く出てしまうし、言葉も出てこない。

 

そういえば、最近ヨーロッパ諸国の出身の人たちと多く関わるので思うのが、

やっぱりラテン語という言語が根幹にある言語が母語であるだけに母語から英語への変換が早い気がする。

日本語のような、そもそもラテン語とは根本的に異なる言語から英語への変換は結構難しい、というか時間がかかる気がするんだよね。

 

レスナヤという駅で感じた郊外、ソ連

スタバを探しに、レスナヤという駅まで足を伸ばす。

ロシアは少し郊外的なところに行くと、なんかしみじみとヨーロッパとは異なる、

なんかソ連が造ったのかな的な印象が強い建物がいっぱい出て来る。

ロシア。

そういえば、木曜日にアメリカ人のおじさんがロシア人教員にロシアの政治について質問をしていたが、自分の意見は言えない、と答えていた。

教員という立場もあるのだろうし、多分この国の政治的な風潮もあるのだろう。

ちなみに、そのアメリカ人のおじさんは

サンフランシスコ生まれだが、アメリカの政治がいけ好かなくてドイツに移住したらしい。色々あるんだなあ。

 

土曜日は、仲良いクラスメートで集まって夜に一緒にお酒を飲んだんだが

ヨーロッパの政治についてスイスの女の子が移民の話をしていた。

そんな話を聞いていて、

政治って本当に実は自分の身近に存在するものなんだなって実感をした。

友だちのロシア人も、テレビの意見を繰り返すんじゃなくて、その人自身の意見を聞きたい、と言っていてはっとした。

政治について、もっと自分なりの意見をもつべきだなあと思った。

 

ロシアに来て、日々毎日色んな発見がある。

色んな出会いがある。

 

ロシアに来る前は、飛行機が嫌すぎてまじでこのロシア研修をなんで申し込んだんだって心底自分自身を呪って直前になって研修をキャンセルすることも考えたけど(笑)

 

でも今は日々、ロシアに来て色んなことを学べて、知れて、発見が出来て良かったなあと思っている。良いことだ。